クストリッツア巡りin ウジツェ:『ウェディングベルを鳴らせ』


クストリッツア巡りinセルビア、続きます。


ウェディング・ベルを鳴らせ! [DVD]

ウロシュ・ミロヴァノヴィッチ,マリヤ・ペトロニイェヴィッチ,アレクサンダル・ベルチェック,ミキ・マノイロヴィッチ,リリャナ・ブラゴイェヴィッチ/NIKKATSU CORPORATION(NK)(D)

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『ウェディング・ベルを鳴らせ!』
原題:Zavet(英)
製作:2007年 
日本公開:2009年
上映時間:127分 
監督:エミール・クストリッツア
出演:ウロシュ・ミロヴァノヴィッチ、マリヤ・ペトロニイェヴィッチ他

あらすじ:
セルビアの片田舎に祖父と暮らす発明好きの少年ツァーネは、ある日年老いた自分の死後の孫が心配になった祖父に、街に出て牛を売りそのお金で聖ニコラスのイコンを買うこと、欲しいものを買うこと、そしてお嫁さんを見つけてくることの3つの約束をさせられる。街に出たツォーネはさっそく橋の上で見かけた女の子にひとめぼれしアタックを開始するも、町のマフィアに牛を奪われ求婚を邪魔され・・・ウエディング・ベルは果たして無事鳴らせる!?




花嫁探しの場所として撮られたのは、
『ライフ・イズ・ミラクル』の舞台モクラゴラから
バスで1時間半ほどのウジツエ。
(バスの料金などは上記記事の後半を参照)

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A:ツァーネがマフィアの車に遭遇した坂。
B:街に降りてきて最初に目にする高層ビル。
C:ツァーネ、ヤスナに一目惚れの現場。
D:トリフン整靴工場(?)
E:ヤスナの学校(?)
F:イコンを買った教会(?)。



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マップA。
山から牛を連れて町に降りてきたツァーネが
マフィアの車とすれちがうシーン。

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マップB。
田舎から出てきて初めて目にした高いビルを見上げ、
階数を数えようとするツァーネ。
しかし都会の女の子のおしりや胸に気もそぞろ、のシーン。

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Zlatiborホテル。

ウジツエは小さい町で、映画の中に出てくる
製靴工場、教会、学校などはみなこの周辺。

ランドタワー的なこのホテルは、映画の中で
しょっちゅう風景にうつりこんでいます。

そのZlatiborホテルのすぐそばには。


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マップC。
ツァーネが通りすがるヤスナに一目惚れする橋。

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その他、実際には行ってないけれど、
撮ってきた写真とシーンをあとで照らし合わせたところ、

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この2つの高いビルの左横が
トリフン製靴工場(の煙突)があった場所(マップD)

その目の前の川を渡ったところにヤスナの学校(マップE)、

さらに、少し離れたところにあるFが
ツァーネが聖ニコライのイコンを買った教会、
と思われます。実際はSt. George's Church。

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あと、番号書き忘れてましたが、
ツァーネとヤスナが市場の中を歩くシーンもありましたね。
鉄道駅を出て右にある市場だと思うのですが未確認。


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小さな町なので、すべて鉄道駅から徒歩で勝負できます。

大きい楕円で囲んでいるのが、
ウジツエの一番にぎやかな通り。
鉄道駅/バスターミナルは下の○辺り。
右の○は美術館。泊まっていたGHもこの辺り。

ちなみに最初のマップAの坂はかなり急なので、
ちょっと息が切れますが、上までいくと町が一望できます。


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個人的には、クストリッツア作品の中で
監督一番あそんどる・・・と思う本作。

おじいちゃんに約束させられて
少年が街に花嫁を探しにいく、
という筋は一応あるものの、

あまりそこ重要じゃないというか、
絶妙に力が抜けていて、何も考えずに
はっはっはと笑って見られて、私は結構好きです。

だってね、前半でサーカスで大砲で打ち上げられて、
最後までずっと浮遊し続けているブルーマントの男が
いるのですけど、この人、筋とまったく関係なくて、

まあ飛行物/人が出て来るのは、
クストリッツア作品ではおなじみではあるのですけど、
群を抜いて存在意義がわからなすぎというか、
最後の着地シーンなんてもうほんとくだらない(笑)。

他にも、ツァーネのおじいちゃんの親友の
トリフン整靴工場を継いだ大男小男兄弟コンビもツボで、

大男役の監督の息子で映画音楽作家でもある
ストリボール・クストリッツァは、
『ライフ・イズ・ミラクル』でも
将校アレクシチ役で出ていましたが、
あっちのシリアスで二枚目風な役どころに較べて
こっちのゆるさったら。好き♡(あっちも悪くなかったけど)

あと『ライフ・イズ・ミラクル』組では、
ルカの同僚ヴェーリョ役の俳優さんがおじいちゃんですし

クストリッツア作品常連のミキ・マノイロビッチも
はちゃめちゃマフィアのボスとして出演していますし

そういう常連さんを眺める意味でも楽しい、
軽いお口直しにちょうどよい小品だと思います。



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あと、ラッセル・クロウの子供バージョンみたいな
主人公ツァーネ役のウロシュ・ミロヴァノヴィッチ君、
成長期の少年が出ている映画でたまにあるけれど、
シーンによって明らかに成長して声変わりしている
という点も、個人的な楽しみどころでした。












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# by planetsomnium | 2017-12-14 18:13 | ロケ地-ヨーロッパ

『ライフ・イズ・ミラクル』で気になったボスニア紛争について自分なりにまとめてみました。


継続中のクストリッツア巡り。
旅内容の更新から少しはずれるのですが、

年末カウントダウンが始まっている中、
年内に2016年旅更新を済ませたいという野望が
日常の必要ごととの時間配分的に
いささか無茶であることは承知しており、
そんな中何をやっておるのだ自分
という気もしないではないですが、


『アンダーグラウンド』ではユーゴスラビア、
『ライフ・イズ・ミラクル』ではボスニア紛争と、
記事にするにあたり、背景を調べてきて、
わかってきたことを整理したいので
健忘録もかねて一旦ここに落としていこうと思います。

理解途中ゆえ、間違いもあるかと思いますが、
そのへんはわかりしだい修正していきます。


まずは、前にも載せた即席年表を加筆して再掲載:

1918年 第一次世界大戦後、セルビア人/クロアチア人/スロベニア人で構成されるユーゴスラビア王国建国。
1941年 第二次世界大戦、ドイツ・ナチスのユーゴスラビア占領。チトー、パルチザン部隊創設。
1945年 6つの共和国からなるユーゴスラビア連邦人民共和国建国。
1953年 チトー、ユーゴスラビア初代大統領に選出。その後終身大統領へ。
1980年 チトー、死去。
1989年 東欧革命
1991年 ユーゴスラビア解体へ。
10年に渡る内戦の始まり。
1991年 スロベニアの独立宣言から十日間戦争勃発。
1991~1995年 1991年6月のクロアチア独立宣言を機にクロアチア紛争勃発。
1992~1995年 1992年3月、ボスニア・ヘルツェゴビナ独立宣言。内戦へ
1992年 4月、セルビアとモンテネグロによる新ユーゴスラビア結成。
1998~1999年 コソボ紛争。独立を目指すアルバニア人と反対するセルビアの戦い。
1999年 3月、コソボ紛争下でNATOによるセルビアの首都ベオグラード空爆。

2001年 マケドニア紛争。
2003年 新ユーゴ、セルビア・モンテネグロに国名変更。
2006年 モンテネグロ独立でセルビア共和国へ。

2008年 セルビアからコソボ独立。クロアチア承認。


上記を軸として整理のためのつぶやき開始。

まずユーゴスラビアについて

1945年 、チトーのもと、6つの共和国で構成される
ユーゴスラビア社会主義連邦共和国建国。

6つの共和国とはスロベニア、セルビア、クロアチア、
ボスニア・ヘルツェゴビナ、モンテネグロ、マケドニア。

主要構成民族は主に5民族。
セルビア人、クロアチア人、スロベニア人、ボシュニャク人、マケドニア人。

ユーゴスラビア連邦のリーダー的存在はセルビア人国家のセルビア。

第二次世界大戦ではドイツナチスに脅かされるが
そこを統一したのがチトー。
チトーはもともとはパルチザン。クロアチア人でもある。
けれど、その圧倒的人望によりユーゴ全体から絶大な支持。
よって、彼の存命中はその吸引力によりユーゴは安定。

もう一つ、ユーゴスラビアが安定していた要素は冷戦。
大戦後、冷戦時代に突入したが、ばらばらでは
アメリカ、ロシア両国の脅威にさらされる危険があった。
冷戦中はまとまっていたほうが安泰だった。

ところがチトーが死去し、冷戦が終結するに伴い、
それぞれの民族に、自分たちでやっていきたいよね、
という意識が高まってきた。

そこで、まずスロベニア、ついでクロアチアが独立を宣言。

これに、ユーゴのボスを認識していたセルビアが、
みんな行くなよ、行ってしまうなよ、寂しいじゃないか、
ぶっちゃけお金もなくなるしと反対したことが、
紛争のおおもとの原因(トホ解釈、要検討)。

マケドニア紛争以外は基本、
最大勢力のセルビア人対独立を目指す民族との戦い。

かくして内戦へ。10日間ですんだスロベニア内戦に対し、
数年続いたクロアチア紛争は被害が甚大なものに。
建国当時からのセルビア対クロアチアの対立も
非常に重要な要素なのだけど、ここでは割愛。

この流れで、ボスニア・ヘルツエゴビナも独立を宣言。

ここからボスニア紛争について

ボスニア・ヘルツェゴビナの主要構成民族は
ムスリム人(ボシャニャク人)、クロアチア人、セルビア人。

ボスニア戦争の軸は、独立を反対するセルビア人と、
ムスリム人、クロアチア人の3民族間の戦い。

ボスニア内のセルビア人保護を理由に、
新ユーゴスラビアが武力介入。
戦況が激化し、ボスニア全土に広がる。

そこに国連が介入し、ムスリム人とクロアチア人を支援、
同時にユーゴスラビアに外交的経済制裁。

つまり、ボスニア内セルビア人勢力の後ろ盾国家は新ユーゴ(+ロシア?)。

対するムスリム人とクロアチア人の後ろ盾はNATO(EU+米)。
ムスリム人は+イスラム諸国、クロアチア人は+クロアチア。

内戦さらに激化。クロアチア人とセルビア人対ムスリム人の構図に発展。

「3年半以上にわたり各民族が同共和国全土で覇権を争って戦闘を繰り広げた結果、
死者20万人、難民・避難民200万人と言われる戦後欧州で最悪の紛争となった」
外務省のページより。

1994年、欧米からの圧力もあって
新ユーゴがボスニア内のセルビア人勢力と関係断絶。

1995年12月、デイトン和平合意成立。
ムスリム人とクロアチア人によるボスニア連邦と、
セルビア人のセルビア人共和国からなる主権国家が誕生。

以上。


**

を踏まえて『ライフ・イズ・ミラクル』を復習すると、
ボスニア紛争時のセルビア国境近くのボスニアが舞台であり、
ルカはセルビア人、サバーハはムスリム人、

ルカは、ボスニア内のセルビア人というよりは
セルビアの首都ベオグラードから越してきた
セルビアのセルビア人ということ?なのかな、

そのへんの違いはわかっていないのですが(汗、

ムスリム人のサバーハを、ボスニア側に捕虜に取られた
息子との交換要員として身柄を預かっているうちに
愛し合うようになり、というストーリーでした。

冒頭で1992年と出る通り、
ボスニア紛争の年に話は始まるのですが
最初はのんびりした片田舎での
比較的平和な生活が描かれるものの、

ニュースの中ではしだいに
戦況が深刻なものになっていき
特にボスニアの首都サラエボの状況は
みるみる最悪な様相をなしていきます。

(余談ですがクストリッツアって、この作品に限らず
事実はテレビの中で語らせることが多い気がする)

最終的にルカは、
「ボスニアは独立を手放すまいと侵略に断固立ち向かいます。
若者たちは勇敢に・・・」とキャスターが言いかけたところで
テレビを窓の外にほっぽりだして銃で撃って壊してしまいます。

初見時は民族関係がよくわかっていなかったので、
ただふうん、と通り過ぎたのですが、
今回あらためて見てみると、
セルビア人のルカがなぜそんなに
サラエボの状況に怒っているのか、と、

思ったんですけど、

そりや当事者国だから戦争だから
身の危険に係わるわけだから
当然といえば当然なんですけど、

基本的にルカは、楽天的な性格をした、
国のため、という大義で動くタイプの人ではない、
息子を心底心配しているごく普通の父親なんですよね。

なのでおそらくは、若者云々のくだりで放り出したところから
息子のことが頭にあって耐えられなくなったせいなのだろうと。

ともかく、この映画は、
どちらの国が良い悪いという描かれ方はしていない。

そこがクストリッツァだなあ、というか、
あくまで戦争は背景に後退させて、
ちゃんと男と女、父と子、
あるいはロバの話になっている(違)。

逆に物語として昇華してくれてなければ、
戦争映画としての印象が色濃く残りかねない、

それほど、実際には悲惨な内戦だった。

そして現実では、
セルビアが悪者のように見えることが多い気がします。

実際、国際的にはそうだったのでしょう。


**

記事を書くにあたって、クストリッツア作品を観返し、
さらに自分が旅行で目にしたものを思い返すにつれ、
旅の話だけさっさと書けばいいものの性分なのか
歴史背景をおさらいしたくなり、さらに関心が高まり、

観たいと思いながら未観賞だった 
『ウェルカム・トゥ・サラエボ』や
『ノー・マンズ・ランド』など
この地域を扱った映画を
立て続けに観てみたんですけど、

その結果、プロパガンダということでいえば
こういう題材では西欧が撮った映画の方が
プロパガンダ色が濃いような気がしています。


ウェルカム・トゥ・サラエボは、
マイケル・ウィンターボトム監督の
1997年製作のイギリス映画で

紛争まっただなかのサラエボから
一人の少女を救出する過程で抱く
イギリス人ジャーナリストの葛藤を描いた、
当時のサラエボの悲惨な状況を伝える良作

ではあるのですが、
明らかにセルビアが悪者として描かれている。

一方、ノー・マンズ・ランドは、
ユーゴスラビア出身のダニス・タノヴィッチ監督の
2001年の映画で、これもボスニア紛争中の
セルビア人対ボスニア人の対立を扱った話ですが、
これは、どちらが悪という書き方はしていない。

そりゃあハッピーエンドじゃない。
そして誰も救われない。のだけど、
誤解を恐れずにいえばそれがいい、
人の心を揺れ動かすのは
何も派手な爆発や音楽ばかりじゃない、
そんなふうに思える、
静かだけど見応えのある人間ドラマで、

ボスニア人とセルビア人だけでなく
イギリス、フランス、ドイツなど
携わる西欧の描き方もうまいんですよ・・・

などと明らかにどっちが好きかばればれで
そんな不公平な観点からの意見なわけですけど、

立て続けにみたせいもあるでしょうが、
ウェルカムサラエボの方が
涙目で現地をみている印象が大きく、
うちの国はこういう姿勢だったんで、
というのを示しているように私には思えました。

ラストに流れる曲が、
アルビノーニのアダージョというのが
またいかにもというか・・・(以下自粛)



どこまでをプロパガンダでどこまでがそうでないか
の線引きは難しいな、というのはあるのですけど、

戦争という各国の思惑のある事象を、
骨格がようやくわかりはじめた人間が語るのは、
慎重にならざるをえないのですけど、

ユーゴの歴史をみていると、内戦は、
独立する側に気持ちをおきがちである反面
セルビアの、みんな行ってしまうなよ、
という魂の叫びも聞こえるような気がして、
やるせない気持ちが増すというか

まあでも、きっとこれは感傷なんですけど。

つらつらつらつらとまあ
まとまりがない内容になってしまいすみません。

ともかく、

当事国の監督の方が戦争を「判断」せずに
「物語」を描こうとしているのに対し
外側の国の作品にむしろプロパガンダ臭を
少なくとも自分が感じたことが興味深く
とりあえず、おさらいした背景とともに
残しておきたいと思ったのでした。



舞台である国の歴史や時代に
映画発端で興味がむく、
ということは結構あるのですけど、
それに合わせて調べて整理してそれが定着すると
その国が自分の中で育っていくというのはある。

映画や旅発端のことが多いのは、
視覚で記憶することのインパクトの大きさを
示しているのかなあと思いますが、
小説でもありうるし、何が発端でも、
自分の中で育った国は他人ごとではなくなっていく。

現在、旧ユーゴスラビアであった国々は
EUへの加盟、申請も進んでいるし、
国連などの監視機構のおかげで
とりあえず均衡が保たれているようです。

ですが、実は結構あやういバランスのうえに
成り立っているような気もしないではなく、
世界がざわついている昨今、
どうかそのままで行ってほしいと、
セルビア、ボスニア両国に行ってきた今、思います。



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参考にしたサイト:

歴史まとめnet ユーゴスラビア内戦
http://rekishi-memo.net/gendaishi/yugoslavia_civil_war.html

Teruo Matsubaraさんによる旧ユーゴスラビア民族紛争に関するページ
http://www.kyoritsu-wu.ac.jp/nichukou/sub/sub_gensya/World/East_Europe/Yugo/Menu.htm

BUSHOO!JAPAN(武将ジャパン)
ボスニア・ヘルツェゴビナ紛争に関するページ
https://bushoojapan.com/tomorrow/2015/12/14/65319

その他外務省、ウィキペディア、コトバンク(ブリタニカ)など。
現時点で情報源はすべてネットであることをお断りしておきます。


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ものすごく短期間の旅行者による視点にすぎないのだけれども。

PS.
ウェルカムトゥサラエボは実話度が高いので、
そこ加味しないとフェアじゃないかもな。



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# by planetsomnium | 2017-12-11 16:49 | 雑談-旅寄り

旅フォト:シャルガン山岳鉄道 in モクラゴラ(セルビア)


セルビアとボスニア・ヘルツェゴビナ
両国境近くにある山岳鉄道シャルガンエイト。
その往復写真をサイレント・ムービーモードで。

前回と重なっているものもありますがそこはそれ。

ちなみに『ライフ・イズ・ミラクル』ロケ地に
焦点を当てた前回の記事はこちら(路線図もあり)。

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折り返し地点。
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車内に流れている音楽はバルカン音楽で
ブルガリアンヴォイスのような曲もあり、
雰囲気を盛り上げてくれました。
一時期好きだったんだよなあブルガリアンヴォイス。
受験中だというのに図書館で聞いていたりしたなあ
10代からだから、昔からこのへんの音楽は
惹かれるところがあったのかもしれないな、
などと走馬灯くるくるしてました。
死ななくてよかった。←は?









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# by planetsomnium | 2017-12-09 23:06 | 東欧旅

クストリッツア巡りinモクラゴラ:『ライフ・イズ・ミラクル』


エミール・クストリッツア映画ロケ地を巡る旅。
続きます。

ボスニア・ヘルツェゴビナの首都サラエボから
セルビア国内に戻りまして、国境近くの町モクラゴラへ。※1

目的はこの映画。




『ライフ・イズ・ミラクル』
原題: Zivot je cudo(英Life is a miracle)
公開:2005年(日本)
上映時間:154分
監督:エミール・クストリッツア
出演:スラブコ・スティマチ、ナターシャ・ソラック他


あらすじ:
1992年。セルビア人の鉄道技師ルカは、家族と共にベオグラードからボスニアの国境近くの田舎町に越してきて、持ち前の楽天気質で陽気に仕事に励んでいたが、ボスニア紛争が勃発し状況は一変。オペラ歌手だった妻はハンガリー人のミュージシャンとかけおちし、サッカー選手の息子は、ベオグラードで再びグラウンドに復帰したいという願いもかなわず徴兵されてしまう。戦火が迫る中、一人家族の帰りを待つルカだったが、ある日捕虜となったムスリム人女性サバーハを預かることに。同じ屋根の下で過ごすうち、やがて2人は惹かれ合っていく。



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個人的には、クストリッツア作品の中で、
今年公開の新作『オン・ザ・ミルキーロード』と
構成や雰囲気が一番似ている気がする本作。

『アンダーグラウンド』でマルコの弟イヴァン役だった
スラブコ・スティマチが主役ルカを演じています。
あの心根のよい吃音の青年が、今回は、
戦時中も陽気さを忘れない父親かつ恋する男性に。

ヒロインは、以前この記事でも書きましたが
邦画『ザ・テノール 真実の物語』でヒール役を演じた
ナターシャ・ソラック(タプスコビッチ)。 
  ※ちなみに上記記事で既にクストリッツア巡り計画を匂わせております。
ヒール役もはまるクールビューテイな顔立ちの
女優さんだと思うのですけど、
本作では、これも戦時中でありながら
無邪気で恋する娘っ子全開。お肌もぴちぴち。

そんなライフイズミラクルのロケ地巡りに最適な、
というかどんぴしゃな鉄道がモクラゴラから出ています。


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その名もシャルガンエイト鉄道(Sargan Eight Railway)。

クストリッツアが建てた映画村の下にある
モクラゴラ(Mokra Gora)駅から
シャルガン・ビタシ(Sargan Vitasi)駅までを走る山岳鉄道。

モクラゴラ駅から途中のJatare駅までを往復する
ツアリスト用ディーゼル(又は蒸気)機関車に乗れば、
まんまライフイズミラクルの舞台を訪れることができるという
クストリッツァファンならはずせない
乗っていれば連れてってくれる非常にラクな巡りスポット。





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10:30と13:30の出発時間があり
13:30出発のにのることにしました。
2時間半ほどの往復で600RSD。

詳細は文末に。※2

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幾つものトンネルを抜け、橋を渡り、

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At A Cross(HA KTCPY)というビューポイントへ。

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そこからの眺め。上と下にトンネルがありますが、
トンネルには番号がついていて下のトンネルは
映画の中でも登場するNo.42。位置から見て、
恐らく抜けた先がルカの家(現在のGolubici駅)。

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写真小さいですが、42と書いてあるのが見えます。
42の手前は当然41なんですけど、
これも位置関係からの憶測ですが、41と42の間が
「失恋して自殺しようとしたロバ」のいる場所。
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下はトンネルNo.37。ここも冒頭あたりで登場します。

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そしてここが映画の本舞台。ルカの家のあるGolubici駅。
マップの説明によると、Golubiciは、
セルビア語で「愛し合うふたり」という意味なんだそう。
結ばれる(tie the knot)ことを決意した2人を呼んだことが由来で、
この映画の撮影を機に建てられた駅とも記載されています。

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この映画の背景はボスニア紛争ですが、
ボスニアとセルビアの分断により引き裂かれた恋人同士を
当時「サラエボのロミオとジュリエット」と呼んだそうです。
映画の中でもそのようなセリフが登場しますね。
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さて、背後には・・・
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ルカの家。映画のまんま。
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Golubisi駅に止まるのは後半でした。
とくに説明があるわけではないので
(言葉がわからなかっただけかもですが)、
うっかりしていると通り過ぎてしまう可能性あり。

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映画の中にも登場する線路を走る水色の車。
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この線路自転車?のようなものも、
映画の中では複数人乗りでしたが出てきました。

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ちなみに、写真には乗っていませんが
ラスト、サバーハの乗っている列車を
ロバが止めるトンネルは44番の文字が見えました。

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上の路線図の黒い線路がトンネルなんですが
実は42にあたる場所が黒くなってない・・・
ですが場所的にはここのはずなんですよ。
なんですが、なんで?短いから?
(なので私の話は話半分で)



さて、ともかく。
飲み込みの悪い自分のために
ちょい整理しますと、

シャルガン鉄道が実際にあるのは
ボスニア国境近くのセルビアの町。
つまり、撮影されたのはセルビア。

一方、映画の中でルカたちが住んでいるのは、
セルビア国境近くのボスニアの町。
つまり、設定はボスニア。

「この辺が国境になるのか」「税関はトンネルの中か」
などのセリフが出てくるように、まさに
トンネル抜けるとすぐそこにセルビア、という位置。

映画の中の鉄道模型を前にしたルカの説明によると、
この線路はボスニアとセルビアをつなぐ20キロの線路で、
オーストリアにより敷設されたが破壊、
再建は観光と商業活性化の要でありトンネルも完成間近だと。

うー、このへん現実とごっちゃにしそうでややこし・・・
という心の声はひとまずおいて、


物語はそういった時期に始まります。
ルカはその鉄道開設準備に向けて
ボスニア側で働いているわけですね。

時は1992年。ボスニア紛争の始まった年。これは史実。

ボスニア紛争は、ボスニアの独立宣言を機に始まった、
セルビア人勢力対ムスリム人、クロアチア人の
三つ巴の戦い。このユーゴスラビア内戦関連も、
国家間、民族間での争いが複雑に絡まり合っており
知らない身にとっては本当にややこしく、
その先気になる方は各自でプリーズ・・・ですが

つまり、ルカ家族はボスニアに住むセルビア人であり
兵役に取られた息子ミロシュが最初は
セルビアのノヴィ・サドに配属されるも
その後ボスニアに転属され戻ってきたところで
捕虜としてボスニア側に捉えられたため、
ムスリム人(またはボシュニャク人、ボスニアの主要民族)の
サバーハが捕虜交換要員とされた、と。いうことでいいのかな。

で、一緒に過ごすうち情が移り
愛情を持つようになったのだけど、
息子に生きて帰ってきてもらうには
いずれは引き渡さなければいけない・・・

背景や筋を書けば書くほど
重い話としか思えなくなりそうですが
これもアンダーグラウンドと同様、
クストリッツアの手にかかると
ユーモアを帯びてくるので不思議です。
生も死も喜びも悲しみも人も動物も
みんな一緒にもってこいの様相になる、
などというと乱暴にまとめすぎでしょうか。

というか、どこかで切り上げないと
まだ続けちゃいそうなので・・・次行きます。

あ、シェンゲン鉄道一周写真は
このあとアップします。



※1
正確には、ウジツエ(Užice)に先に行って
一泊し、その後モクラゴラに戻りました。
その後モクラゴラからベオグラードに戻ったのですが
モク⇔ベオ間でもウジツエは経由するので、
今考えれば先にモクラゴラにすればよかった・・・。

参考になるかはともかくバス料金(2016年7月):
サラエボ→ウジツエ 20BAM
ウジツエ→モクラゴラ 360RSD
モクラゴラ→(ウジツエ経由)ベオグラード 1500RSD


※2
シャルガン鉄道時刻表:
http://www.srbvoz.rs/eng/nostalgia.html

冬季はJatare駅までのみ。
冬季(12月23~1月7日)以外は
通常運行は10:30と13:30モクラゴラ発、
7月1日~8月31日だけ16:10もプラス。
臨時列車も出ているので上記サイトで各時期を参照。

2017年7月1日からは、"Nostalgija" という
museum train(って何?)が
モクラゴラ-ヴィシェグラード間で運行、だそう。




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ヴィシェグラードにも
クストリッツアゆかりの地があるんですよね・・・。
行ってませんけどね・・・くすん。

記事内に出てくる通貨は
以下のレート(2016年夏当時)で換算プリーズ。
セルビア:1ディナール(RSD)=0.95円(約1円)
ボスニアH:1マルク(BAM)=60.3円(約60円)。


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# by planetsomnium | 2017-12-09 20:27 | ロケ地-ヨーロッパ

旅フォト:サラエボ in ボスニア・ヘルツェゴビナ その2

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第二次世界大戦の犠牲者を弔うモニュメント、
「永遠の炎 (vjecna vatra )」。
旧市街の中心バシュチャルシヤ広場から
ずっと歩いていったフェルハディヤ通りの先にあります。
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3番線トラム一周。ある通りへ。
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見晴らしのよいこの通り。通称スナイパー通り。
1992~1995年のボスニア内戦中、サラエボ包囲が激化した期間、
通行する一般市民が片っ端から狙撃されたといいます。
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今も残る銃撃跡。
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第一次戦争の引き金となったサラエボ事件のあったラテン橋。
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正確にはこの先の通りで、オーストリア皇太子夫妻が
ボスニア系セルビア人の青年により暗殺されました。
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左手に見えるMeusium(サラエボ博物館)で
当時の様子を知ることができます(4マルク)。
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こうやってみると歴史的には負の印象が強いですが
現在のサラエボは落ち着いた旅行しやすい街です。
少なくとも私はそう感じました。




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# by planetsomnium | 2017-12-02 17:55 | 東欧旅


海外映画ロケ地巡り。

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コードネーム:トホ/徒歩

2013年夏のCB作品ロケ地巡りをかわきりに、海外映画の舞台で時に妄想、時に迷走してきた記録。行き先も映画もかたよってます。CBファン。 
CBって?→CBとは/ CBについて
ネタバレ注意。→ネタバレ宣言

2014年8月に世界一周紀行本を出版しました。
a0315418_723126.jpg
『それでも地球をまわってる』
音羽徒歩著 イカロス出版



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